3、エンディングノート・川崎家の朝③

 
 
「あんたも嫌なこと言うわね。誰に似たのかしら。エンディングノートなんて、んっ、そう言われると確かに周りも用意し始めてるわね」
私はどちら似だろう。
体形だけ見ればお父さんね。
少なくともトドではないわ。
だがそれだけは流石に言えない。
性格はどちらに似たのだろう。
そんな事を考えている私に母はお構いなく続ける。
 
「少なくとも私には似てないわね。ところでエンディングノートならお父さん読んでいたわよ。資料も必要だって図書室で本を借りていたわよ。どうせ暇つぶしでしょうけどね。何にしても一つの事に取り組むはは良いことよね。そういえば最近図書室によく行くわね」
毎日トドと一緒なら逃げたくなる気持ちもわかるわ。
「あの綺麗な人がいる図書室かなぁ。松坂慶子に似てたわ。きっとお父さんのタイプよ多分あの人が目当てで行くのよ。きっとそうよ。お父さんにも春到来じゃない」
トド、ではなく母の顔色が少し変わった。
「お父さんもいい歳をして何を考えているのかしらね。何とかにつける薬はないっていうけど本当よね。このまえなんか私の顔を見た瞬間になんだお前かって言ってたわ。お方その女性の夢でも見てたんじゃないかしらね」
お父さんの気持ちはよくわかるわ。
そりゃトドが昼間から煎餅食ってテレビ見る夢よりはるかに楽しいわよ。
そういえば夢で会えたらって曲があるけど素敵だわ。
トドと会えたらじゃまるで動物園よね。
そんなことを考えながら母の顔を見ると右目がピクピクしている。
トドにも感情があるのね。
「夢で会うくらい許してあげたらいいんじゃない。お父さんにだって目の保養や息抜きは必要よ。現実になったらまずいでしょうけど。それはそれで面白いか」
お父さんには悪いけどその可能性は限りなくゼロね。
ゼロならいいけど出入り禁止にならないか心配だわ。
「おい、あれだよ、由紀子でも亜紀でもどっちでもよい。あれをくれ。なんだっけなぁ。朝飲むあれだよ。」
父の声がこだまするが、トドはあえて聞こえないふりをする。
 
「当り前よ。そうそうエンディングノートと言えば、今日山本先生が講義するらしいわね。昨日の歴史サークルの飲み会で言ってたわよ。お父さんも出席するって。コミュニティセンターで講義するなんて知り合いでもいるのかしらね」
「ふぅん、そうなんだ。最近忙しくて会ってないから聞いてないわよ。元気かしらね」
「あらあんた達付き合ってたんじゃないの。よく横須賀中央でご飯食べてるって言ってなかったけ。まぁどっちでもいいわ。それよりあんたね、ボヤボヤしてると他の女性に取られちゃうわよ。先生ね、歴史サークルで一番の人気よ」
まったく大きなお世話よ。
というか、その言葉そっくりそのまま返してあげるわ。
確かに食事も言ってたし、良い雰囲気の時もあったわね。
最近は連絡も来ないし、してないし。
別に気に入った女性でもできたのかしら。
まぁあの先生に限ってそれはないかな。
「あのね別に付き合ってないし。そうなったらそれまでよ。大体あたしが誰と付き合おうとお母さんには関係ないでしょ」
台所から大きな声がこだまする。
「あれだ、あれ。あれだよ由紀子。早くくれ」
「だからあれじゃ分らないわよ。あれって何よ。お茶だったら目の前にあるでしょ。それぐらい自分で入れてよ」
妻の怒鳴り声が聞こえてきた。
目の前を見ると読みかけの新聞が広がっている。
新聞をどかすと急須と湯飲みがおいてある。
確かにある。
不思議な事もあるものだ。
いつの間にか足元には、数年前から買い始めた三毛の子の花子がよってきてニャーと鳴いている。
テーブルの下を覗くと花子がこちらを向きもう一度ニャーと鳴いた。
可愛い奴だ。
四郎、ボケるにはまだ早いニャー、そう言っているように聞こえる。
そうだ。
まだボケるわけにはいかない。
お前の為にもまだ頑張るぞ。
そう思って花子の頭に手を伸ばした瞬間に指に痛みが走った。
「あ痛っ」 
こやつ噛みおった。
 

2、エンディングノート・川崎家の朝②

「由紀子おーい、あれだよ、あれくれ。んっ、あれって何だ。まぁ良い」
「ねぇお母さん、お父さんが向こうで何か喚いているわよ。あれくれって。あれってなんだろう」
 
普通に考えたらお茶なんだけどな。
 
「うるわいわね、まったく。もう、ど忘れ四郎なんだから。お茶くらい自分でやればいいのよ。何考えてるのかしら。いいのよ、いつもの事だから。ボケ防止に自分でやらせりゃいいの。この前なんかエンディングノート買いに行ったら焼き鳥買って帰ってくるのよ。勘弁してほしいわ。車で出かけて歩いて帰ってくるし。あれっ、お父さん、朝起きて自分で飲んでたじゃないの。飲んだの忘れちゃったのかしら」
 
「お母さん、お父さんが飲んでたのはコーヒーじゃないかしら。お父さんの日課でしょ。そうよ。コーヒー飲んで朝ごはん食べたらお茶でしょ。お母さん忘れちゃったの」
 
やれやれ、どっちもどっちだわ。
先が思いやられる。
ボケるなら順番にボケてもらわなくちゃこっちが困るわ。
先が思いやられる。
ただボケるならまだしも動けなくなったら大変だわ。
今からダイエットしてもらわなきゃ。
さてそれをどうやってきりだそうかしら。
いやその前にエンディングノート書いてもらわなきゃ。
あっ山本先生なら良いアドバイスくれるかしら。
そういえば、最近山本先生に会ってないなぁ。
行政書士の仕事忙しいのかしら。
そんなわけはないか。
 
「あら亜紀、お茶もコーヒーもどっちだって同じよだって両方カフェイン入っているでしょ。味だって似たようなものよ。お腹に入れば一緒」
 
似てねえよ。
 
「あのねお母さん、お茶とコーヒーは全然違うじゃないの」
 
カフェインが入っているだけで何故同じになるのだろう。
それならコーラも同じになるじゃないの。
確かにトドから見たらお茶もコーヒーもコーラも同じ液体には変わりはないわね。

「あのね亜紀。私ね、お父さんに歴史サークルの人達の飲みに行くから遅くなるからって伝えているのよ。カレーはレトルトだけど野菜サラダとフルーツヨーグルトは冷蔵庫に用意して、コーンスープはレンジに入ってるって伝えてるのよ。なのにお父さんすっかり忘れちゃってカレーしか用意していないって朝から文句言ってるの。挙句の果てに鍵閉めて寝ちゃってるし。亜紀が来なかったら私凍死してたところよ」
 
だから機嫌悪いのか。
でも寝る時に鍵をするのは普通でしょ。
それにトドは寒さに強いんじゃないかしら。
というか寒い所で生きてるんだから凍死しないでしょ。
むしろ寒さ歓迎で暑さに弱いんじゃないかしら。
トドのつまりがセイウチかしら。
あらっ私ったら面白いわ。
エンディングノートの表紙をトドにしたら売れるかしら。
 
「ところで、お母さん合鍵持って出なかったの。夜遅くなるんだったら鍵をして寝るのは普通でしょ。むしろ鍵をしない方が不用心よ。お母さん疲れてるんじゃない。私、すごく心配。あらっ、携帯持ってるんだから家に着いたって何で電話しなかったの
 
母の右目とこめかみがピクピク動く。
触れてほしくなかったのだろう。。
要は自分が忘れた事は棚に上げてぶつくさ文句言ってるわけね。
「それよりお母さん、今テレビで言ってたけどエンディングノートって流行ってるらしいわね。お母さんの年代だとエンディングノートを準備してる人多いんでしょ。あれどうなんだろうね。お母さんなら書く資格十分あるわよ」
母ならエンディングノートになんて書くのかしら。
氏名・トド。
住所・南極。
趣味・漁具破壊。
特技・魚介類の一気食い。
葬儀に呼びたい友人・アザラシ、セイウチ。
呼んでほしくない友人・南極グマってとこかしら。
いけない、ちょっと不謹慎ね。
 
 
 

1、エンディングノート・川崎家の朝①

登場人物

川崎四郎(もうすぐ古希)

川崎由紀子(妻)

川崎亜紀(長女)

金谷真美(コミセン職員)

山本行政書士(エンディングノート講座の講師)

よろしくお願いします!

 

 

 

 

朝起きて飯を食って新聞を読んだ後何かを忘れている。

何だっけかな。

いかんな、全く思い出せん。

近頃こんなことばかりだ。

買い忘れがないようにメモを書いたらそのメモを置き忘れる。

車でスーパーに買い物に行き重い荷物を持って電車で帰る。

眼鏡をかけたままシャワーをあびてしまう。
久里浜の本屋にエンディングノートを買いに行き、北久里浜の焼き鳥を買って帰ってしまう。

時々妻の顔が別の女性に見えるが、これは忘れるというより願望に近い。
やれやれだ。
年は取りたくないものだ。

エンディングノートと言えば、あれだ、行政書士が講義をするんだけど、名前何ていったけかなぁ。

あれ、ところで私は何を考えていたのだろう。

これはまずい。

まったく思い出せないぞ。

すきな女優の名は覚えているのに今思っていたことが思い出せない。

そうだ、熱いお茶を飲みたいんだ。

「由紀子」

えっと

「あれをくれ。あれだよ由紀子」

妻の由紀子は昨日から泊まりに来ている娘の亜紀との会話に夢中だ。
最近は次の日が休みだと遊びに来るのだ。
妻と喧嘩になると必ず私の味方になってくれるから嬉しい限りだ。

だがそろそろあれをして親を安心させてほしいものだ。

あれだが何だっけかな。
しかしこれはいかんぞ、言葉が出てこない。

そうだ、結婚だ。

亜紀もそろそろあれをしてもらわんと。

あれと言えばお茶だ。

由紀子は何で用意していないんだ。
あれと言えばお茶だ。

由紀子は何で用意していないんだ。

この前は人の顔をじろじろ見ながら、朝、昼、夜、何で三食きっちり食べるのかとぬかしおった。

自分は三食加えて必ずおやつを食べてアザラシからトドに変身しおったくせに。
しかも昨日にいたってはテーブルにレトルトカレーを置いて自分は飲みに行きおった。
いやカップラーメンだったかな。

あれっ思い出せん。

いやカレーだ。
今日は歴史サークルの人達と飲みに行くからとレトルトのカレーを置いていったのだ。

人を馬鹿にするのも大概にせい。

出かけるなら夕飯の用意をしてから出かけるべきだろう。

しかしこの前横須賀中央で食べた海軍カレーは美味しかった。

なぜ海軍カレーに牛乳がつくのだろうか。

牛乳を飲もうとして何故かカレーにかけてしまった。 

川崎四郎痛恨の極みである。 
そんな事よりあれだ。

 

想いを紡ぐ墓じまい: in 横須賀 (∞books(ムゲンブックス) - デザインエッグ社)

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  • 作者:浜本 晶弘
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終活行政書士: in 横須賀 (∞books(ムゲンブックス) - デザインエッグ社)

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終活行政書士~解説

 

終活行政書士: in 横須賀 (∞books(ムゲンブックス) - デザインエッグ社)

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 2作目です。

基本的にはブログと同内容です。

後見、エンディングノート、遺言といった必須のキーワードにお骨の行方を絡めて書いたものです。

これはブログを読まれている方ならご存じのところだと思います。

どこからもお金をもらっていないので、好き放題書かせてもらいました。(^^♪

本当はもっと多く書きたかったのですが名刺に著作を書いてしまった以上早く出版する必要にかられました。

あと1冊書けば終活3部作の出来上がりですが、書く気力もネタも切れつつあります。

こんなネタお勧めとかあればコメント欄にでご記入くださいませ。

 

1作目同様、御贔屓の程よろしくお願いいたします。

 

想いを紡ぐ墓じまい: in 横須賀 (∞books(ムゲンブックス) - デザインエッグ社)

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それから私が利用しているムゲンブックスは無料で本が作ることができます。

(カバー代は別途必要です)

お勧めです。

解説になってない気がしますが、本格的な解説はまた後日、気力があれば書きます。

 

行政書士開業準備中~現在編32

今日はブログではなく質問です。。。

 

We’ll do whatever we can to be of service.

なんでcanの後にtoが来ているのでしょうか。

色々調べると do whatever we can が連語で出てくるのでこれが挿入されているのでしょうか。

We’ll (do whatever we can) to be of service.

↑こういう事ですか。

よくわかりません(>_<)

単純にcan とtoの間にdoが省略されているだけかと思ったのですが、、、。

英語の得意の方、是非ご教示頂けたら幸いです。

 

そういえば、初めて公証役場で遺言書の証人をしました。

遺言を公正証書にするときは証人が2人必要になります。

一応法律ネタを書いておきますね。

エンディングノートと死後事務委任⑧

 やっと一段落つきました。

前回のは以下です。

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東京湾

「いやー凄くきれいな海ね。空もきれいだし。亜紀さん一緒に来てくれてありがとね」
「こっちこそ、一度経験して見たかったからね。可愛い後輩の頼みは無視できないわよ。それより咲、よくお父さん納得してくれたね」
「なんか面倒くさくなっちゃたんじゃないかしらね。それに実の親の最後の願いだからね」
「成程、お嫁さんの方はどうだったの。確か義理のお義母さんよね」
「そう、義理の母なんです。結局お父さんに任せたみたい。お婆ちゃんが先生と契約を結んだって事で面倒くさくなりそうな予感でもしたんじゃないですか。もしかしたら弁護士が出てくるかもって話していたし」
「へぇそうなんだ」

さてその先生は生きてるのかしら。

「ちょっと先生の様子見てくるね」
「はい」

「先生、生きてますか、吐いちゃった方が楽ですよ」
「大丈夫、です。船に弱いわけではないんです」

「昨日結構飲まれたんですか」

「日頃私をいじめるからその罰があたったんじゃないですか」

「先生、生きてますか」

先生は答えない。
相当苦しいんだろう。

「ちょっとトイレ、行ってきます」

やれやれだ。
私達が付いて来たから良かったものの。

「じゃ私は咲の所に行ってますよ」

海洋散骨に初めて参加したが女性に人気だというのもうなずける。

「亜紀さんそろそろ始まりますよ」
「今行くわ」

皆が集まる。
それぞれが思いを抱いて散骨する。
おばあちゃん、できたお孫さんでよかったね。
それにしても最期を託すには頼りない人を選んじゃったみたいですね。

山本行政書士事務所

「それにしても人の事務所きてよくまあ飲んで食べますよね」
「えっ、えっ、先生が差し入れもって遊びに来たらどうですかった言ったから、はるばる来たのに。殴って良いですかマジで」
「冗談ですよ。忙しい案件も片付いたのと東京湾に来てくれたお礼を兼ねてですね」
「ごめんなさい、意味が分かりません。お礼なら差し入れ持って来いなんて仰らないですよね」
「最近、ちょっと手元が寂しいものですから助かりますよ」
「本当かしら。あっ咲がよろしくって言ってました」
「いえいえ僕は何もしてませんよ。それ食べ終わったら近くの焼き鳥屋行きますか」
「そのセリフ待ってました。ところで先生、私が来たとき難しい顔して手紙読んでましたよね。しかも私に気づいて慌てて隠しましたよね。なんですかそれ」
「ラブレターです」

いけしゃあしゃあとよく言うわ。

「私、グーパンチ結構強いですよ」
「もしかして焼いてくれたんですか。素直に嬉しいです」

この前向きな性格はホント尊敬しちゃいますよ。

「でもこれはね、天国からのものなんですよ。そうそう亜紀さん、そろそろ焼き鳥食べに行きますよ」

仕方ない、付き合ってあげるとするか。


手紙

山本先生、
この手紙は私が息を引き取ったら先生に送ってくれるよう施設の職員さんに頼んだものです。
このような形式が許されるか分かりませんが書いてみました。
確か遺言が二つあったら抵触する箇所に関しては後の方が優先するのでしたよね。
ここに二つ目の遺言を書きます。
もし私の遺骨が樹木葬もされず、また海洋散骨もされない場合に備えて以下の遺言を書きます。

第一条(不動産の遺贈)
遺言者である緑川トシ所有の下記不動産を緑川咲に遺贈する。

第二条(預貯金等の遺贈)
遺言者は遺言者の有する預貯金等前期不動産以外の財産を緑川咲に遺贈する。

第三条(相続人の廃除)
遺言者は相続人緑川聡を排除する。
廃除の理由は以下のとおり。

私の息子である緑川聡が私のお骨を嫁ぎ先のお墓に入れ、亡き息子と離れ離れにすることは、例え過去の裁判でお骨の所有権が葬儀を取りはかった人間にあるとしても、私に対する、もっと言えば私の魂に対する、民法八百九十二条規定の侮辱行為であり、同条項に基づき緑川聡を相続人から外す事にする。

第四条(遺言執行者)
遺言者はその執行者として次の者を指定する。

遺言執行士 山本 弘

付言事項
最後に私の亡き息子の遺骨についてですが、お寺に永大供養の申し込みをしてください。
どのお寺かは先生にお任せします。

八月一日 緑川トシ。

最後にこの二つ目の遺言が日の目を見ない事を切に切に希望する。

エンディングノートと死後事務委任⑦

第7回です。

6回はこちらです。

 

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「亡くなった息子さんの骨壺は私が預かっています。トシ様は生前エンディングノートに亡くなった息子さんのお骨と一緒に樹木葬に埋蔵してほしいと書いてありましたよね」
「ですからそこは色々考えましてお墓に入ってもらう事にしました。そうでしょ聡さん」
「ええそうです。場所も費用も何も書かずただ樹木葬に亡くなった息子と二人で入りたいというのは無責任です」
「実は契約にはこう書いてあります。トシ様のエンディングノートに書いた希望がかなえられない場合、分骨を希望しますと」

はぁ今更何言っちゃってるの。

「分骨って骨を分けるという事ですか」
「そうですね。現在お骨の所有権は聡様にあります。ですので聡様のご意向を踏まえてということになります」
「それでその後分けたお骨はどうするのですか」
「亡くなった息子さんと共に海に散骨する事を希望します。それがトシ様の願いですから」
「いきなりそんな事言われても、朋子どう思う」

私に聞かれたってそんな事分からないわよ。

「先生、お義母様の希望通りしないと駄目なのでしょうか。あくまで決めることができるのは聡さんだと思いますが」
「散骨するくらいならお袋の希望を」
「ちょっと待って先生の意見を聞きましょうよ」
「基本的には先程から申し上げております通り聡さんの考え次第です。しかし私もトシ様と死後事務委任契約を結んでいる以上、最大限希望を叶える義務があると存じます。またトシ様も生前に、分骨なら嫁ぎ先のお墓にも入る事になるので緑川家に迷惑はかからないだろうとも仰っておりました。そこでお願いをしている次第です。後は聡様の考え一つになります」
「少し考えさせていただいてもよろしいですか」
「勿論です。ご納得いただけましたらご連絡下さい。亡くなった息子様とお母様の散骨の手配等の事務処理は私で行います」

納得できないわ。

「私の方からも一つ聞いてもよろしいですか」
「はい、なんでしょう」
「仮に聡さん、いえ主人が海洋散骨に納得しない場合どうなりますか」
「勿論聡様の自由ですので私がとやかく申し上げる事はできません。ただ契約を最大限実現したいという気持ちはあります。ですので然るべき方に交渉を委ねる事も視野にいれております」
「それは弁護士を立てるという事ですか」
「ご想像にお任せ致します。行政書士は弁護士法により交渉はできないという事はお伝えしておきます。交渉ができるのは原則、弁護士の専権事項と考えております」

この行政書士、見かけによらずタヌキだわ。
お次は弁護士様のご登場ってストーリーってわけね。
嫌なやつ。

「じゃもう良いですよね。聡さんそろそろ帰りましょうか」

もうどっちだってよいわ。
好きにしたらよいのよ。

「そうだな。では遺言執行の件よろしくお願いします」
「承知いたしました」

エンディングノートと死後事務委任⑥

そろそろ終わりが見えてきました。
ラストスパートってところです。

いまショッキングな事を思い出しました。

ショックすぎます。

唯一楽しみにしていた番組、あなたの番ですを見逃しました。

 

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山本行政書士事務所

「緑川様、今日はお忙しい中お越しいただきありがとうございました」
「いえいえ大丈夫ですよ。横須賀に用事がありましたし家内の実家も横須賀ですから帰りに顔出す予定なんです。此方こそ遺言執行の件よろしくお願いします」
「承知いたしました。そういえば奥様は横須賀ご出身だったんですね」
「そうなんです。久里浜なんです。ペリーで有名なんですよね」
「それは奇遇です。実は最近まで久里浜の商店街の中に事務所を借りていたんですよ。色々あって引っ越しましたが」
「確かに色々ありますよね」

色々ってなんだろう
久里浜はそんなに家賃も高くはないんだけどなあ。
まあ横須賀全体が人口が減っているから苦しいのかなあ。

「では今回、私が緑川トシ様の遺言を執行する遺言執行者に指名されました。そして緑川様のお持ちの不動産を緑川聡様に相続させるという事です。御異存なければ手続きの方を勧めて行きたいと思います」
「はい、よろしくお願いいたします」
「緑川聡様が登記手続きする事は当然可能です。また私の方で司法書士の先生にお願いすることもできます。あまりお勧めしませんが、登記は必須ではありませんのでこのままにしておくこともできますが、家賃も発生していますので登記しておいた方がよろしいかとは思います」
「では先生の方で司法書士の方にご依頼お願いしてもよろしいですか」
「承知いたしました。次に金銭ですが500万のうち200万は緑川聡様のものになります。手続きが終わり次第お渡しします」
「よろしくお願いします」
「次にトシ様と死後事務委任契約つまり亡くなった後のもろもろの事務についてですがそれについての契約を結んでいます。それに関してお尋ねしたいことがあります」
「母と先生とで契約ですか」
「そうです。そんなに多くはないのですが、その一つに葬儀の後の納骨方法がございます。現在お骨の所有権、つまり誰のものかという事ですが葬儀を取り計らった聡さんにございます」

「あの、その件ならお義母さんのお骨はお墓に入れる事にしました。先生もご存じの通りエンディングノートというには法的効果はないですよね。それに亡くなった息子さんの骨壺なんてなかったですよ」

何で今更そんな事聞くのかしら。

エンディングノートと死後事務委任⑤

横浜Denaが負けました。

今日勝てば五割復帰だったんですが残念です。

このつめの甘さ、まるで自分を見ているようです(>_<)

 前回は以下です。

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横須賀中央、某居酒屋


「亜紀さん、いい飲みっぷりですね。それによく食べますね。感心してしまいます」

まったく人を牛みたいに、たしかにそう言われても仕方ないけどさ。
あれっ、さりげなく名前で呼んだけど私の気があるのかしら。

「あのですね、先生から飲みたいって誘ってきてるんですよ。もう少し他の言い方はないんですか」
「あっ、すみません」
「すみませんじゃなくて」

いつもこんな調子だ。
まっいっか、名前で呼んでくれたし。

「ところで何で急に飲もうって誘って下さったんですか」
「それがですね、他に誘う人がいなくって」

私と飲みたいんだくらい言えないのかしら。

「一つ聞いても良いですか。どうして今の事務所に決めたのですか」
「それは場所の事ですよね。確かに駅からは遠いですし、ちょっと後悔はしています。知り合いの方が相場より安く貸してくれたんですよ」
「成程ね。あれっ、何か鳴ってますが先生の携帯じゃないですか」
「ちょっと失礼します」

そういうと先生は携帯を持って一旦店の外に出た。
金曜だというのにお店にさっと入れるのは横須賀のよい所の一つだ。
これが横浜だとそうはいかない。
もっとも人口、特に若い世代が減ってきているという事もあるのだろう。
そう考えると少し複雑な気分になる。
そうこうするうちに先生が戻ってきてその後小一時間飲んだ。

帰り際駅の前の広場、通称Yデッキと呼ばれる所に来たとき先生が立ち止まりおもむろに口を開いた。

「実は先ほどの電話の件ですが」
「どうされてんですか」
「亜紀さんのご友人、緑川咲様のお婆様が亡くなられました」

 

緑川家


「先週のお袋の葬儀には何人くらい来てくれたのかな」
「三十人くらいかしらね」
「しかし慌ただしかったな。ガンって聞いてたから覚悟はしてたけど」
「葬儀屋さんがほとんどやってくれたから良かったけど、なんだか右から左って感じだったわね」

「それはそうと、なあ朋子、このお袋の残したノート、エンディングノートっていうのかな。どうしたら良いのかな。だいたいお袋が亡くなった息子、僕にとっては義理の兄になるんだろうけど、その人のお骨が入った骨壺を持ってるなんて知らなかった。大体そんなものどこにもなかったぞ。しかもこっちには一言もなしに樹木葬がよいとか。親父と同じお墓じゃ駄目なのか」
「最終的には聡さんが決めることよ。ただ、そこに書いてある樹木葬だっけ、そこにお子さんのお骨と一緒に埋めてほしいっていうのはどうかしら。だってどこの樹木葬を選べばよいのよ。その費用はどうするの。亡くなった息子のお骨が入った骨壺なんてないじゃないの。そもそもこれはお義母様の希望、っていうかただの願望でしょ。でもこれって私たちの時間を奪うのよ。こう言っちゃなんだけど、こんな大事なことを事前に相談もなく、こんなノートに書いて後はよろしくって無責任よ」
「エンディングノートっていうくらいだから大事なものじゃないのかい」
「以前法律事務所で働いていたからわかるわ。名前はご立派だけどただのノート。単なるメモ帳よ。法律上はなんの意味をなさないわ。本当に大事なものは遺言とか、亡くなった後の事務の契約みたいに時間をかけて作るものでしょ。法律は苦労して作ったものにはそれなりの効果を与えてくれるけど、お手軽なものにはそれなりの事しか与えないのよ。ていうか何にも与えてないわ」
「そうなのか、じゃ立派なのは名前だけで法律上は意味がないのか」
「意味がないも何もただのメモ帳よ。法的効果はゼロよ」
「それならお袋の骨は親父の眠るお墓に入れて大丈夫なのかな」
「うん、それで問題ないわ。それに聡さんのように葬儀を取り計らった人のことを祭祀承継者というの。この祭祀承継者はお墓やお骨の事を決める事ができる権利を持っているわ。申し訳ないけど、エンディングノートに書いた事が祭祀承継者の権利より強いなんて赤子でも思わないわ」
「わかったよ。後はこの行政書士からきた遺言執行者の就任通知、これってなんだ」
「それは問題ないわ。多分聡さんへの相続の手続きをするのよ。そっちは積極的にお手伝いしなきゃだめよ」
「どんな事すれば良いのかな、必要な書類があれば準備しておくけど」
「遺言書を持っているんじゃないかしら。そのうち連絡来るわよ」
「今回の相続手続きとは別件で一度お会いしたいって書いてあるけど何だろうね。とりあえず連絡してみるよ」
「そうね、もしかしてお義母さんに他にも子供がいたとかね」
「そういう悪い冗談はやめてくれよ」
「ごめんごめん」

 

 

想いを紡ぐ墓じまい: in 横須賀 (∞books(ムゲンブックス) - デザインエッグ社)

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エンディングノートと死後事務委任④

 四回目です。

前回までは以下です。

べた打ちなので矛盾がないか不安です。

皆様の洞察力にかけています(笑)

ので、気になった点は是非お伝え下さい。

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「あの、息子さんと言いますと」
「以前の主人との間にできた子よ。主人と別れた後、この子を引き取って育てていたけど病気で亡くしたの」
「そうだったんですか」
「生活するだけで精一杯、お墓なんてとてもじゃないけど買えなかったの。
そこで先生にお願いがあるの」
「私にできる事なら何なりと」
「できたらこの子と一緒に居たいわ。離れ離れは嫌。亡くなった今の主人とはあまり良い関係ではなかった。義理の母とも上手くいかなかったの。できれば嫁ぎ先のお墓には入りたくないわ」
「それは万一の時の事ですよね。無理して今考えなくともゆっくりと」
「先生、自分の体の事は自分が良く知ってるわ。おそらく長くは生きられない。私には時間がないのよ。多分聡、今の息子は私を今のお墓に入れるわ。息子の嫁も同じ考えよ。それが普通の考えよね。息子はね嫁の言いなりなの。私たちの為に何かをするなんて考えられない。それにこの子をお墓に入れるなんて事は絶対しない。先生の考えを聞きたいわ」
「妥協の産物ですが分骨をするのが無難でしょう。トシ様の願いを全面的に叶えるのは正直言って厳しいと思います」
「私は死んだあとだから何も言えないしね。エンディングノートで書けばよいかしら」
「エンディングノートに法的効力はないですのでお勧めできません。私に言わせればただのおままごと。尤もエンディングノート村が市場に出来上がっています。失礼、今のは忘れてください」
 
あら、意外と本音で話すわね。
でもよかった。
かまをかけてごめんなさいね。

「じゃ遺言かしら」
「遺言に書いて効力が生じる事柄は決まっています。この場合自分の入るお墓のことですので、遺言より死後事務委任契約を誰かと結ぶほうが確実です。ただそうはいってもお骨の所有権は葬儀を取り計らった者にあります。仮に万一の場合にご子息が葬儀を取り計らうのであればお骨の処理もご子息が決めることになります」
「じゃ私の望みは叶えられないってこと。この子と別々になるのだけは避けたいわ。何とかできないかしら」
「今からご子息と話し合うことは難しいでしょうか」
「それができたら苦労しないわよ。ねぇ先生、両方に書くのは駄目かしら」
「両方というのは先ほどのエンディングノート、遺言、死後事務委任契約のどれかという意味ですか。どうでしょうかね」
「そうよね同じことを書いてもね。駄目なものは駄目よね」
「先生、黙りこくってどうしたの」
 
暫くして先生が私にゆっくりと語りかけた。
 
「トシ様、こういうのはどうでしょう。別々の事を書き残すというのは。つまり一つ目は受け入れるのが難しいもの、二つ目には受け入れやすいものを書きます」
「どういう事かしら」
「心理学は私の専門ではないのですが、何かの本で読んだことがあります。最初に難しい要求をして次にハードルの低い要求をします。そうすると二つ目の要求は受け入れやすくなるそうです」
 
それから一時間かけて先生と話し合った。
出した結論はこうだ。
まずエンディングノートには実家のお墓ではなく樹木葬に埋めてもらう事を記載する。
まさか亡き息子の骨壺を捨てることはないと思うけど間違いがあるといけないので先生に預ける。
勿論書いた内容をしてくれたら一番だけど可能性は低い。
遺言書を先生に預ける関係上、遺言書ではなく早く目につくエンディングノートに書くことにする。
そして死後事務委任契約書には本命の事を書く。
つまり分骨して一部は嫁ぎ先へ残りは亡き息子の遺骨と共に海に撒いてもらうように記載する。
妥協の産物そのものだがこれはやむを得ない。
「では緑川様、お話しされた内容で準備いたします。準備ができたら確認してもらう書類を出来るだけ早く持参します」
「先生、よろしくお願いしますね」
「さっさく事務所に戻ります。今日はありがとうございました」
 
まだ死ねない、あと一つやる事がある。
これをやると鬼母と言われるかもしれないがやむを得ない。
先生は驚くかもしれないけど、これでも遺言の事を一生懸命勉強したのよ。