2、エンディングノート・川崎家の朝②

「由紀子おーい、あれだよ、あれくれ。んっ、あれって何だ。まぁ良い」
「ねぇお母さん、お父さんが向こうで何か喚いているわよ。あれくれって。あれってなんだろう」
 
普通に考えたらお茶なんだけどな。
 
「うるわいわね、まったく。もう、ど忘れ四郎なんだから。お茶くらい自分でやればいいのよ。何考えてるのかしら。いいのよ、いつもの事だから。ボケ防止に自分でやらせりゃいいの。この前なんかエンディングノート買いに行ったら焼き鳥買って帰ってくるのよ。勘弁してほしいわ。車で出かけて歩いて帰ってくるし。あれっ、お父さん、朝起きて自分で飲んでたじゃないの。飲んだの忘れちゃったのかしら」
 
「お母さん、お父さんが飲んでたのはコーヒーじゃないかしら。お父さんの日課でしょ。そうよ。コーヒー飲んで朝ごはん食べたらお茶でしょ。お母さん忘れちゃったの」
 
やれやれ、どっちもどっちだわ。
先が思いやられる。
ボケるなら順番にボケてもらわなくちゃこっちが困るわ。
先が思いやられる。
ただボケるならまだしも動けなくなったら大変だわ。
今からダイエットしてもらわなきゃ。
さてそれをどうやってきりだそうかしら。
いやその前にエンディングノート書いてもらわなきゃ。
あっ山本先生なら良いアドバイスくれるかしら。
そういえば、最近山本先生に会ってないなぁ。
行政書士の仕事忙しいのかしら。
そんなわけはないか。
 
「あら亜紀、お茶もコーヒーもどっちだって同じよだって両方カフェイン入っているでしょ。味だって似たようなものよ。お腹に入れば一緒」
 
似てねえよ。
 
「あのねお母さん、お茶とコーヒーは全然違うじゃないの」
 
カフェインが入っているだけで何故同じになるのだろう。
それならコーラも同じになるじゃないの。
確かにトドから見たらお茶もコーヒーもコーラも同じ液体には変わりはないわね。

「あのね亜紀。私ね、お父さんに歴史サークルの人達の飲みに行くから遅くなるからって伝えているのよ。カレーはレトルトだけど野菜サラダとフルーツヨーグルトは冷蔵庫に用意して、コーンスープはレンジに入ってるって伝えてるのよ。なのにお父さんすっかり忘れちゃってカレーしか用意していないって朝から文句言ってるの。挙句の果てに鍵閉めて寝ちゃってるし。亜紀が来なかったら私凍死してたところよ」
 
だから機嫌悪いのか。
でも寝る時に鍵をするのは普通でしょ。
それにトドは寒さに強いんじゃないかしら。
というか寒い所で生きてるんだから凍死しないでしょ。
むしろ寒さ歓迎で暑さに弱いんじゃないかしら。
トドのつまりがセイウチかしら。
あらっ私ったら面白いわ。
エンディングノートの表紙をトドにしたら売れるかしら。
 
「ところで、お母さん合鍵持って出なかったの。夜遅くなるんだったら鍵をして寝るのは普通でしょ。むしろ鍵をしない方が不用心よ。お母さん疲れてるんじゃない。私、すごく心配。あらっ、携帯持ってるんだから家に着いたって何で電話しなかったの
 
母の右目とこめかみがピクピク動く。
触れてほしくなかったのだろう。。
要は自分が忘れた事は棚に上げてぶつくさ文句言ってるわけね。
「それよりお母さん、今テレビで言ってたけどエンディングノートって流行ってるらしいわね。お母さんの年代だとエンディングノートを準備してる人多いんでしょ。あれどうなんだろうね。お母さんなら書く資格十分あるわよ」
母ならエンディングノートになんて書くのかしら。
氏名・トド。
住所・南極。
趣味・漁具破壊。
特技・魚介類の一気食い。
葬儀に呼びたい友人・アザラシ、セイウチ。
呼んでほしくない友人・南極グマってとこかしら。
いけない、ちょっと不謹慎ね。