8、エンディングノートと終活講義・休憩①
先生がこちらに向かって歩いてきた。
忙しくないのは川崎家にとっては周知の事実である。
しかし何故か嬉しげだ。
今までこの種の会話は幾度となくしてきたが一度たりとも仕事が忙しいとは聞いた事がない。
そもそも仕事をやる気があるのだろうか。
摩訶不思議な方である。
そろそろ猫の手を借りたい程忙しいといった前向きな話を聞いて見たいものである。
いつになる事やら。
流石に授業中さりげなく休んでましたねとは言わなかった。
所詮二日酔いなど時間が立てば治るものである。
そのうち何かやらかしそうで心配だ。
女難の相が出ていると脅しても良いのだが効果は薄いだろう。
お酒を止められないのは私も同じである。
ここは黙っておくべきだろう。
もっとも私が考えつく位だから当然他の人も行っている事だろう。
ふと山本先生の顔を見るといやに真剣な顔をしている。
反論されるかと思いきやそうではないようだ。
先生の場合、お肌というより人生の曲がり角の方が適切であろう。
しかし反応をみると、どうやら触れてはいけない事に触れてしまったようだ。
確かに苦しい月があるとは聞いていたが、目の前のしかめっ面をした先生の顔を見ると何とか頑張ってほしいと思う。
しかしそうは思うものの、年がら年中飲み会に参加する姿を見ると自業自得なのではないかとも思う。
私が沈黙していると先生が続けて話す。
「正直今日の講座のお話しを頂いた時断ろうと思ったんです。川崎さんには時々お話ししますが、エンディングノートってあまり好きではなかったんです。好きでないというのは語弊がありますが、やはり大事な事は正式な書面で残すべきたと思います。正直、士業が取り組むべきなのか甚だ疑問でした」
「確かエンディングノートには法律の効果がないんでしたよね」
「仰る通りです。ただお話しを頂いた後何冊かエンディングノートを買って読んでみました。確かに終活に取り組む初めの一歩としては良いかもしれません。エンディングノートに取り組んだお蔭で気付く事もあります。ただ終活は一筋縄にいきません。後半ではその辺りのお話しをしたいと思ってます」
「そうそう以前から聞こうと思ってたのですが、遺言執行士の方はどんな事されるのですか。あまり聞いた事ないですが」
「読んで字の如く遺言を執行する仕事です。戸籍を集めて相続人を確定させたり、金融機関で凍結された預金をおろせるようにするんです。場合によっては、司法書士や税理士の先生達とも連係します。しかしこの遺言執行士という名称は、お世辞にも有名とは言えません。私が所属する協会もPRはしているのですが、知名度に関してはエンディングノートに押され気味です」
押され気味というより圧倒されている感じだが、土俵が違うのだし比較する必要もないだろう。
「ところで遺言執行の仕事って報酬はいいのですか」
「地域によりけりだと思いますよ。やっぱり不動産の価値で変わります。そういう意味では都心は良いですよね。それを言っても仕方ないので頑張りますよ」