13、エンディングノートと終活講義・後半④
「遺言、死後事務委任ときましたので関連してペットのお話しをしたいと思います。特に高齢の方がペットを飼っている場合真剣に考える必要があります」
一気にまくし立てて講義を進める。時間が押しているのだろう。
脱線の時に話を戻さず休んでいたつけが今きている。
「要点を絞ってお伝えします。肝はペットを飼えなくなった場合のペットの行き先です。因みにペットを飼っている方はいらっしゃいますか」
「メダカを飼ってます」
「うちは熱帯魚ですよ。グッピー飼ってます。泳ぐ姿が可愛くって」
「私は金魚です。本当は犬が良かったんですが年を考えろって長男夫婦に反対されました。あれは絶対嫁の差し金よ。自分が猫派だから反対したのよ」
「私は犬を飼ってます。もう十年になりますかな」
今度は珍しく男性が答えた。
「もっとも長男夫婦と同居しているので世話は任せっぱなしですがね」
先生の顔に落胆の表情が浮かんだ。
恐らく犬や猫をペットとして飼い、飼えなくなったパターンを想定して質問したのだろう。
ところが返ってきた答えは残念ながら、メダカ、熱帯魚、金魚と魚三兄弟だ。
ここで私が飼っている三毛猫の花子の事を話すのは簡単だ。
猫を飼っている事は亜紀から伝わっている筈だが、此方を全く見ないところを推察すると敢えて触れたくないのかもしれない。
仮に私や妻が飼えなくなったとしても、猫好きの亜紀が世話をするだろう。
なら敢えて言う必要はない。
そんな事より、先生と亜紀の関係の方が気になる。
そんな事を考えている私をよそに講義は進んでいく。
「さて、気を取り直して話を進めます。ペットは多種多様です。あくまで一般的なのは犬、猫かと思います。エンディングノートには、ペットの特徴を書く欄が多々あります」
「昔ねアヒルを飼ってたのよ」
教室で最高齢とおぼしき女性がワンテンポ遅れて発言するが、先生はさりげなく聞こえない振りをする。
「勿論特徴を書くのも大事です。最近では地震や台風で自宅を離れて避難所に行かざるをえない場合があります。そんな時、短期間でも預ける相手がいる場合に先程エンディングノートに書いた特徴が役に立つかもしれません」
「金魚の特徴は何かしらねぇ。赤いって事かしら」
「水がないと死んじゃうって事よ。あとお祭りの金魚すくいかしら」
「この前、孫が亀の餌にって金魚あげちゃったのよ」
「あら嫌だ可哀想。金魚どうなっちゃったの」
「どうも何も亀の餌よ。食べられちゃったのよ」
先生は腕時計をチラッとみる。
流石にまずいと感じ始めているのかもしれない。
「金魚の話しで盛り上がっている時に恐縮ですが、一旦講義に戻らせていただきます。先ほどエンディングノートにペットの特徴を書くお話を致しました。エンディングノートの役割としてはこれで良いでしょう」
そう言うと辺りを見渡し一呼吸おいた。
「しかし最も大切な事はペットを託せるような信頼できる相手を見つける事です。人間何が起きるかわかりません。私だってそうです。準備を怠ったばかりにペットに悲劇が起きる事もありえます。例えばペットである犬や猫を残して自分が先に逝ってしまい、引き取り手がいない場合は残念ながら殺処分が待っています。ペットの引き取り手については飼い主の年齢を問わず探しておく事をお勧め致します」
先程の金魚の話をしたいた女性達は目頭を押さえている。
年齢が年齢だけに他人事ではないのだろう。
もしくは眠気を堪えているかだ。
三毛猫を飼っている私としては前者を願うところだ。