6、エンディングノートと終活講義・前半③

 
「では具体的な中身に入る前に皆様にお伺いします。エンディングノートに取り組んだ事のある方、恐れ入りますが挙手をお願いいたします」
そういうと十人位の参加者が手を挙げた。
すべて女性だ。
ふと周りを見渡すと男性は私を含めて三人で残りはすべて女性である。
たしか人間の平均寿命は男性より女性の方が高かったはずだ。
そうすると仮に子供が居ない場合、お一人様になる確率は女性の方が高くなる。
必然的に終活への関心が高いのかもしれない。
お一人様といえばあの松坂慶子似の職員さんはお一人様なのだろうか。
あれだけの美人なのだから独り身って事はないだろうが、万が一そうなら私が気持ちを奮い立たせても良いのだが。
もうすぐ古希を迎えるが、そんな事は関係ない。
あの職員さんと手取り足取りエンディングノートを作れたらいつ死んだって良い。
いや死ぬ前にあの人と一度お手合わせを、、、。
そのような不埒な考えをしている間にも講義は進んでいく。

「それではエンディングノートを完成された方は居らっしゃいますか」

今度は誰も手を挙げない。

「一つお伺いしてもよろしいですか」

前列の女性が手を挙げて質問をした。

「はい、どうぞ」

「先程先生はエンディングノートの完成と仰いました。例えば自分の名前、住所、生年月日などは直ぐに書くことができます。趣味、健康といった事も書けます。ところが書いているうちに筆が止まるところが何ヶ所かでてきます。私の場合、介護施設です。そもそも介護施設の種類もわからないですし、自分がボケちゃったらどうすれば良いのか見当も尽きません。知り合いに聞くと後見人が必要になると言われましたがどういう風にすれば後見人がつくのかもわかりません。結局難しい箇所があるとそこで筆が止まってしまいます」

私は妻の顔を見る度に箸が止まる。

隣の女性も同じように話し始める。

「そうなのよ。葬儀がどうのこうのっと書いてあるけど分からないわ。正直自分が死んだ後の事なんて興味ないのよ。とにかくお金をかけてほしくないわ」

まったくもって同感である。
最近では大分安くなったようだが、それでも葬儀費用はかなりの出費を覚悟せねばなるまい。

「そうよね。うちなんか義理の母が亡くなった時には、やれ戒名だやれお墓だって腰を抜かすくらいお金がかかったのよ。何であんなに高いのかしら」

教室の中が盛り上がってきた。

「うちなんか遺言いつ書くんだってうるさくって。なんか早く死ねっていわれてるみたいなのよ。何だか嫌な感じよね」

「あら、遺言とエンディングノートって違うのかしら。昨日テレビでなんかやってたわよ。犯人の女性が海に飛び込んだ時手紙みたいの置いてたけど。あれは何かしらねぇ」

「貴女それは遺書よ、遺書。ほら犯人が手紙に恨みつらみ書くやつよ。何だか怖い世の中になってきたわね。やだわ、この近くに犯人がいたらどうしよう」

殆ど井戸端会議である。
エンディングノートの話題がサスペンスの犯人に変わった。
しかしサスペンスの犯人が現実世界にいるわけなかろう。
本気で信じているのであれば来るべき場所はコミセンではなく病院の方がよいはずだ。
しかし会話を止めるべき先生は椅子に座って皆の方を見て難しい顔をしている。
会話の様子を見守っているように傍目には見えるが、事情を知ってる私に言わせれば単に二日酔いで休んでいるだけであろう。
吐かない事を祈るばかりである。

「あらっ、遺書と遺言ってどこが違うのかしら。だってどちらもポックリいく時に書くあれでしょ」

いやはやポックリとは品がない。
トドそっくりである。
これはうろ覚えだが、確か財産を取り決めるのが遺言で、亡くなる前に自分の思いを書くのが遺書だったような気がする。

「サスペンスに出てくるのが遺書じゃないかしら。ちょっと真面目な感じなのが遺書、じゃなくて遺言。あらっ、どっちがどっちかしら」

「どっちでも良いんじゃないかしらねぇ」

確かに紛らわしいが、どちらでも良いという事はないだろう。
だんだん話が脱線していると感じるが気のせいだろうか、などと考えていた時先生が割って入ってきた。