3、エンディングノート・川崎家の朝③

 
 
「あんたも嫌なこと言うわね。誰に似たのかしら。エンディングノートなんて、んっ、そう言われると確かに周りも用意し始めてるわね」
私はどちら似だろう。
体形だけ見ればお父さんね。
少なくともトドではないわ。
だがそれだけは流石に言えない。
性格はどちらに似たのだろう。
そんな事を考えている私に母はお構いなく続ける。
 
「少なくとも私には似てないわね。ところでエンディングノートならお父さん読んでいたわよ。資料も必要だって図書室で本を借りていたわよ。どうせ暇つぶしでしょうけどね。何にしても一つの事に取り組むはは良いことよね。そういえば最近図書室によく行くわね」
毎日トドと一緒なら逃げたくなる気持ちもわかるわ。
「あの綺麗な人がいる図書室かなぁ。松坂慶子に似てたわ。きっとお父さんのタイプよ多分あの人が目当てで行くのよ。きっとそうよ。お父さんにも春到来じゃない」
トド、ではなく母の顔色が少し変わった。
「お父さんもいい歳をして何を考えているのかしらね。何とかにつける薬はないっていうけど本当よね。このまえなんか私の顔を見た瞬間になんだお前かって言ってたわ。お方その女性の夢でも見てたんじゃないかしらね」
お父さんの気持ちはよくわかるわ。
そりゃトドが昼間から煎餅食ってテレビ見る夢よりはるかに楽しいわよ。
そういえば夢で会えたらって曲があるけど素敵だわ。
トドと会えたらじゃまるで動物園よね。
そんなことを考えながら母の顔を見ると右目がピクピクしている。
トドにも感情があるのね。
「夢で会うくらい許してあげたらいいんじゃない。お父さんにだって目の保養や息抜きは必要よ。現実になったらまずいでしょうけど。それはそれで面白いか」
お父さんには悪いけどその可能性は限りなくゼロね。
ゼロならいいけど出入り禁止にならないか心配だわ。
「おい、あれだよ、由紀子でも亜紀でもどっちでもよい。あれをくれ。なんだっけなぁ。朝飲むあれだよ。」
父の声がこだまするが、トドはあえて聞こえないふりをする。
 
「当り前よ。そうそうエンディングノートと言えば、今日山本先生が講義するらしいわね。昨日の歴史サークルの飲み会で言ってたわよ。お父さんも出席するって。コミュニティセンターで講義するなんて知り合いでもいるのかしらね」
「ふぅん、そうなんだ。最近忙しくて会ってないから聞いてないわよ。元気かしらね」
「あらあんた達付き合ってたんじゃないの。よく横須賀中央でご飯食べてるって言ってなかったけ。まぁどっちでもいいわ。それよりあんたね、ボヤボヤしてると他の女性に取られちゃうわよ。先生ね、歴史サークルで一番の人気よ」
まったく大きなお世話よ。
というか、その言葉そっくりそのまま返してあげるわ。
確かに食事も言ってたし、良い雰囲気の時もあったわね。
最近は連絡も来ないし、してないし。
別に気に入った女性でもできたのかしら。
まぁあの先生に限ってそれはないかな。
「あのね別に付き合ってないし。そうなったらそれまでよ。大体あたしが誰と付き合おうとお母さんには関係ないでしょ」
台所から大きな声がこだまする。
「あれだ、あれ。あれだよ由紀子。早くくれ」
「だからあれじゃ分らないわよ。あれって何よ。お茶だったら目の前にあるでしょ。それぐらい自分で入れてよ」
妻の怒鳴り声が聞こえてきた。
目の前を見ると読みかけの新聞が広がっている。
新聞をどかすと急須と湯飲みがおいてある。
確かにある。
不思議な事もあるものだ。
いつの間にか足元には、数年前から買い始めた三毛の子の花子がよってきてニャーと鳴いている。
テーブルの下を覗くと花子がこちらを向きもう一度ニャーと鳴いた。
可愛い奴だ。
四郎、ボケるにはまだ早いニャー、そう言っているように聞こえる。
そうだ。
まだボケるわけにはいかない。
お前の為にもまだ頑張るぞ。
そう思って花子の頭に手を伸ばした瞬間に指に痛みが走った。
「あ痛っ」 
こやつ噛みおった。