後見制度は慎重に⑪

そろそろ終わりの見えてきた後見制度の11回目。

前回は以下です。

 

www.akihiroha.com

 

「確かにそうですね。それで問題は父の家の事なのよ。今は父が家に一人で住んでるのよね。いずれ家を売って老人ホームっていう事も考えているんだけどもし認知が進んじゃったら家はどうなるのかしら」
「認知症になって家を売却なんてできるのかしら。ねえ先生」
「そもそも認知症の場合、日常生活が困難になる場合が多いです。家の売却なんていうのは論外でしょう。一般的には後見がつきます」
「先程の成年後見の話ですよね」
「ええ。先程の続きになります。例えば任意後見の場合ですが、これは本人がしっかりしているうちに信頼している方と任意後見契約を結びます。任意ですからお父様本人の意思が入るわけです。お父様が元気なうちに宮田さんと任意後見契約を結ぶ事も可能です。そしてお父様の認知が進んだ場合、宮田さんがお父様の代わりに家を売却してそのお金で老人ホームの入居の手続きをする事となるでしょう」

「では成年後見の場合はどうなるのですか」
「良い質問ですね」
というと先生は九杯目の緑茶ハイを注文した。
十杯目にリーチがかかった。

「この場合法定ですから本人や家族の意思は入りません。家庭裁判所が誰を成年後見人に付けるか決める事となります。多くは弁護士や司法書士がなる事になります。一人暮らしの場合なら問題ないでしょう。しかし家族と同居の場合、家族の中に第三者が入り込むわけです。これをどう考えるかによります」

「あまり嬉しくないですね」
「うちの場合、別に暮らしているとはいえすぐ近所です。別に弁護士や司法書士の先生のお世話になる必要もないと思います」

「もう一つ忘れてはいけないのが報酬です。成年後見人が付いたとして無事家を売却しても成年後見人は外れません。その方が亡くなるまで財産を管理する代わりに報酬を支払う事になります」
「えっ、家を売却できて父が老人ホームに入居できたら成年後見は外れるんではないのですか」
「いえいえ外れません。家を売却するために付けるわけではなく本人の財産を保護するために付けるわけです。ですから成年後見の使い方には注意が必要です。一度成年後見人がつくとそれを外すのは容易ではありません。ですので安易な利用はお勧めできません」

「例えば父が普段から自分がボケたら家を売って老人ホームに入りたいと言っていた場合はどうですか」
「基本的に本人の意思ではなく、本人の財産確保を目的とする制度なんです。よく一人暮らしのご老人が変な契約を結んでしまうなんて聞きますよね。この成年後見はまさにそういう一人暮らしのお年寄りを守るのには最適な制度です。強力なバリアが張られるとイメージすれば良いでしょう。ところがこのバリアは本人以外の全てに向けられます。家族も例外ではありません。ですから使い方には慎重を期す必要があるというわけです。家の売却については、ケースバイケースと言わざるをえません」

「成程」

いや知らなかった。
成年後見人がついても万事解決っていうわけでもなさそうね。

「実は無事売れたら良いですがそうでない場合悲劇ですよ」
「と言いますと」
「例えばご高齢の夫婦でご主人が認知症が進んでいる場合を想像してください」
「はい」
「まず前提として家の名義はご主人です。そして二人でお住いの家を売ってそのお金を利用して老人ホームに入ろうとします。ところがご主人が認知症なので売れません。そこでご主人に成年後見人をつけて売ろうとします。ところが売れなかった場合どうなるでしょうか」
「どうなると言われても」
「家が売れなくても成年後見人は外れません。その結果ご主人の年金等は成年後見人の管理下におかれます」
「えっだって今まで二人で使ってたんでしょ。そんな馬鹿の事」
「そんな馬鹿な事がおきます。あくまで夫の年金は夫のものですから。そしてその夫の財産を守るのが成年後見人の役目です。さらに報酬は払い続けなければなりません」
「だって夫婦で今まで頑張ってきたのでしょ。夫の年金といったって普通の家庭は二人合わせて使うと思うんですが」
「それが成年後見が付くとがらりと変わるわけです。けっしてこの制度が悪いわけではないんです。一人暮らしの高齢者にとっては心強い制度です。問題なのは後見制度をそれ程詳しくない方が安易に利用を勧める事です。どんな薬だって副作用はあります。これを見極める必要があるというわけです」

「因みに成年後見人の方は介護を手伝ってくれるんですか。もしそうなら助かります」

「いえ、手伝いません。介護のような事実行為は出来ないんですよ」
「それなら何の為の成年後見人ですか」

先生は黙っている。
酔いが一気に冷めてきた。