11、エンディングノートと終活講義・後半②

 

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「では次にいきます。これは遺言書程有名ではありませんが非常に重要だと考えています。死後事務委任契約です。ご存知の方いらっしゃいますか」

 

再び沈黙が支配する。

先程の沈黙とはまた別のものである。

散らっと周りを見回すが皆、鳩が豆鉄砲を食らった表情をしている。

 

「私は囲碁はやりません」

 

三人の男性のうち最高齢と思われる男性が呟いた。

死後と囲碁をかけたのだろうがギャグにしてはセンスがなさすぎる。

しかし誰も反応しない。

 

「あれっ、誰もご存じないですか。ほらっ、亡くなった後に沢山の事務手続きをする必要がありますよね。よく週刊誌で取り上げられてますよね」

 

私はたまたま知っているが、あまり有名ではないのだろう。

 

「例えば亡くなった後に行う事務手続きは山程あります。役所に提出する書類や戸籍収集、葬儀の段取りにお墓の事などです。家族がいらっしゃればどなたかがやる事になるでしょうがお一人様だとそういうわけにはいきません。そこで自分が亡くなった後の事務手続きをお願いするという契約を結ぶ事になります。この契約の事を死後事務委任契約といいます」

 

教室がざわめき始めた。

 

「そういえば、雑誌で読んだ気がするわ」

 

「この前テレビでやってたけど、亡くなった後に部屋を整理するあれかしら。そうそう遺品整理っていってたわ」

 

「でも一人で亡くなって見つけてくれたら良いけど、そうでないと大変よ」

これは脱線の予感がしてきた。

先生の方を見るとほっとした表情で壁に寄りかかっている。

先程一気に話したせいで身体に残っているお酒が回り出したのかもしれない。

ウルトラマンではないが三分が限界なのであろう。

そう言えば娘の亜紀の話しでは、海洋散骨の時も前日にお酒をたらふく飲んで船上でダウンしていたそうだ。

情けないことこの上ない。

 

「よく亡くなってから数ヶ月後に発見なんて聞くわよね」

 

「人間の体内って水分が多いっていうわよね。どうなっちゃうのかしら」

 

「ちょっと止めてよ。私、綺麗なまま発見されたいわ。冬ならまだしも夏に発見されたら悲劇よ」

 

「私聞いたことあるわ。雪山で発見された死体って綺麗なのよ」

 

突っ込み所満載の会話だが関わるべきではないだろう。

いつの間にか死後事務委任契約から、死体の発見の話しにすりかわっている。

確かに死後の事には変わりないが、本気で講義を聞く気があるのか甚だ疑問である。

 

「皆様、盛り上がっているところ申し訳ありませんがそろそろ本題に戻らせて頂きます」

 

そういうと咳払いを一つつき、軽くこめかみを押して周りを見渡した。

 

「さぁ、気合いをいれて頑張りましょう。ゴールは目の前です」

 

これは二日酔いで気だるい自分自身に対して気合いをいれたのだろう。

しかし口は災いの元というが今のはいただけない。

恐らくゴールとは講義の終了の事をさしたのだろうが、高齢者の集まりでゴールとなると別の意味になりかねない。

しかも今日はエンディングノートの講義なのだ。